平成30年度第2回学術講演会『 自閉症スペクトラムのある人の 歯科治療への思いと実践 』
◇場所:高松市歯科救急医療センター 4階・大ホール
◇日時:平成30年7月14日(土)19時~21時
◇演題:『 自閉症スペクトラムのある人の 歯科治療への思いと実践 』
◇講師:日本大学松戸歯学部 障害者歯科学講座
伊藤 政之 先生
【抄録より抜粋】
(上略)
障害のある方たちに限らず歯科医療は、「いつでも、どこでも、誰でも、近くの歯医者さんで受診できる」ことが大事だと思います。そこには、認定医であろうがなかろうが、「本当に、私を(わが子を)診てくれる歯医者さん」を望まれているのだと思います。
私が入学した昭和50年頃、日大松戸歯学部を含め、障害者歯科学教室(講座)のある歯学部は数校しかなく、また障害者歯科学の講義も現在のように一般的ではなく、小児歯科学の一部で講義されていた、または、受講したこともないという話を聞いた覚えがあります。香川県歯科医師会の障害者歯科診療相談・協力医に登録している会員数は、高松で約20名おられるそうですが、多くの若い皆さんは大学で受講された経験があると思います。会員の先生方はNormalizationの流れから「障害のある方を診るのは当たり前」、そして、「次の一歩」を踏み出すために「診療相談・協力医」として準備をされていることと思います。それが、「本当に、私を(わが子を)診てくれる歯医者さん」となる土台になると思います。
障害者歯科学教室に入局当時、恩師 上原 進先生の講義を学部学生と一緒に受講していました。最初に「温故知新」と黒板に書かれ、どの学問でも「歴史を知ることで次世代へ繋がっていく」ことの大切さを説かれ、「最初に歴史が書かれている本を購入しなさい」と、言われました。障害者歯科学総論から始まり、各論へ。1971年、J. Weymanが“the dentally handicappedchild”の問題を提起し、その後1974年、L.A.Foxが“Grab bag”として8つの“trics”を紹介したことで、障害のある人たちでも歯科治療ができる、その対応を知ることができました。
大切なのは、先ず、“Tender Loving Care (T.L.C.)”が挙げられていることです。自分自身が興味があるところは“behavior modification”でした。学生当時、麻酔科の授業では「無意識から有意識へのダイナミックさ」を教わりましたが、私は「有意識の状態でその人の(意識を変えて)行動を変える」ほうがよりダイナミックだと感じました。
尊敬する、高校の先輩でもある大江健三郎氏は、1988年、リハビリテーション世界会議の基調講演で「障害の受容」を中心に、息子の光さんの話もされました(自立と共生を語る,三輪書店,1994.)。光さん自身のみならず、彼に関わってきた方たちに対して“decent”という形容をされました。この意味は、「恢復する家族」で「人間らしく寛容でユーモラスでもあり信頼にたる」と紹介されています。ここに、“T.L.C.”をオーバーラップさせることができるのでないかと思います。自閉症のある人の歯科治療の根本は、その中には必ずそれぞれの手段に至る過程に「人間らしく寛容でユーモラスでもあり信頼にたる(T.L.C.)」の態度や感情が含有され、また、すべての治療手技を機能分析してみれば、例え全身麻酔であれ、その前後は、“behavior modification”を用いつつ、その態度・感情が実践されているのではないかと思います。知識レベルから実践での体得は、経験を通して具現化されますが、自分にとっては長い年月が必要でした。治療の方法はマニュアル化できるかもしれませんが、一人ひとりへの対応は千差万別です。患者さんを受け入れる中で見えるもの、見えなくてもあるもの、それを見なくてはならない難しさ。しかし、これまでそのモチベーションが続いているのは、それほど、意識下での歯科治療は深く、面白く、楽しく、魅力的だからです。
(中略)
現在、センターの原田先生を中心に、徳島大学から数名の先生が応援に来られ、会員の先生も参加されておられると聞きます。障害者歯科学の理論と実践は両輪ですが、まだまだ自分自身が専門的な知識に乏しく、理論的な背景を持とうと探しあぐねており、そのような背景での経験から、考え方や実践の何かを上手く伝えられるかどうか分かりません。それでも、今回の講演がセンターの資源、地域の資源を活用して自閉症スペクトラムのある方たちの診療を、躊躇することなくどう取り組めばよいか、取り組みを模索している「診療相談・協力医」の皆さんやスタッフの皆さんの「本当に、私を(わが子を)診てくれる歯医者さん」に繋がる、実践のヒントになれば幸いです。